増田英二さん【ビストロ 茶葉蘭】

増田英二さん【ビストロ 茶葉蘭】

ここは銚子ではないのではないかと錯覚してしまいそうになる。
目の前にある醤油工場の赤レンガとお店の外観が調和し、そこだけ素敵な異空間をつくっている。
30年程前から本格フレンチが楽しめると親しまれてきたビストロ茶葉蘭だ。
店主の増田英二さんにお話しを伺った。

銚子の出身。
興野小学校、銚子第四中学校に通った。
銚子商業高校在学時、美術関係の学校への進学を希望していたが、それだけで生計を立てていくのは難しいのではないかと悩んでいた。
そこで「食事はつくるのも、食べるのも好きだった」ため、料理の道を志すこととする。
当時は、調理専門学校はほとんどなく、実践で修行することが一般的であったが、両親のすすめがあり、関西の調理専門学校に入学する。

系統を決める際は、
「魚は銚子に住んでいて小さい頃から食べすぎていたので、肉の方がよかった。
オムライスやスパゲティなどの洋食屋さんをイメージしていた。」そう。
しかし、昭和天皇がフランスへ訪問し、エスカルゴを召し上がったというニュースをみて、かたつむりを食べる文化があるのかと仰天。
フランス料理の奥深さに魅了され、その頃は希少だったフレンチレストランに就職し、8年間修行した。

その後、Uターンし茶葉蘭を開店する。
素敵な立地であるが、元々あの場所が生家だという。
京都に残りたい気持ちもあったが、銚子に戻ってきて“地元でお店を始めることができ、家庭をもてた”ことに満足しているそうだ。
以前は妻が手伝っていたが、現在は二人の息子と一緒に働く。
小学生から野菜を洗ったり切ったりしてくれていたという子ども達が、今では、長男がワイン・デザート、次男が料理を担当している。

「楽しくつくらないと料理はおいしくできない。」というのが信条。
「けんかして腹がたっているときに料理をすると、雑な味がする。
むすーっとしてやっているとだめ。
厨房に立つときは気持ちを切り替えないと味に出てしまう。
にこにこしながら手を動かせば、優しい味になる。」
そう話し、息子たちにもそれを伝えている。
いつかは引退も考えているが、「早く隠居して好きなことしたり、好きなところにいったりも憧れるけどね。もう少し、歩けなくなるまでは。」と笑う。

店名は専門学生時代に感銘を受けたブリア・サヴァランという美食家の名前からとっている。
著書の美味礼讃という本が置かれており、それをみせてくれた。
印がついている。
“新しいご馳走の発見は人類の幸福にとって天体の発見以上のものである。”
馴染みの客からのリクエストで中華料理をだすこともあるという。
美味しい料理を楽しく食べられる。
長く愛される理由がここにあるのかもしれない。

銚子でみつけた幸せ
「地元でお店を始めることができ、家庭をもてた」

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